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東京高等裁判所 平成3年(行ケ)152号 判決

東京都千代田区丸の内2丁目1番2号

原告

日立電線株式会社

同代表者代表取締役

橋本博治

同訴訟代理人弁護士

小坂志磨夫

安田有三

大阪府大阪市中央区北浜4丁目5番33号

被告

住友電気工業株式会社

同代表者代表取締役

川上哲郎

同訴訟代理人弁護士

鎌田隆

柴由美子

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

「特許庁が平成1年審判第14644号事件について平成3年4月18日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、発明の名称を「光ファイバ複合架空地線」とする特許第1395875号(昭和51年8月18日出願、昭和60年9月17日出願公告、昭和62年8月24日設定登録。以下「本件特許」といい、本件特許に係る発明を「本件発明」という。)の特許権者であるが、被告は、平成元年9月4日、原告を被請求人として、本件特許を無効とすることについて審判を請求した。

特許庁は、同請求を平成1年審判第14644号事件として審理した結果、平成3年4月18日、「特許第1395875号発明の特許を無効とする。」との審決をなし、その謄本は、同年6月10日原告に送達された。

2  本件発明(但し、出願公告決定後の補正に係る特許請求の範囲の記載に基づくもの)の要旨

架空地線を構成する複数本の裸金属線条と、該裸金属線条とは別の金属管とを該金属管が該架空地線の中心部近傍に位置するように一緒に撚り合わせてなり、この金属管によって区画されている空間内に少くとも一条の光ファイバが収容されていることを特徴とする光ファイバ複合架空地線。

3  審決の理由

審決の理由は別添審決書写し記載のとおりであって、その要旨は、出願公告決定謄本送達前の昭和60年1月22日付け手続補正書による補正(以下「本件補正」という。)は要旨を変更するものであり、特許法40条(平成5年法律第26号による削除前のもの)の規定により、本件出願は上記手続補正書が提出された昭和60年1月22日に出願されたものとみなすとし、出願公告決定謄本送達後の補正につき同法64条の規定に違反するもので、同法42条の規定によりこの補正は採用できないとして、対比検討する本件発明の要旨は、本件補正により補正された特許請求の範囲に記載された「複数本の導電性を有する裸金属線条が撚り合せられている架空地線の中心もしくは中心付近に中空管によって区画された空間が形成されており、当該空間内には単数もしくは複数の光ファイバが収容されていることを特徴とする光ファイバ複合架空地線。」と認定したうえ、本件発明は、スイス国特許第567730号明細書(審決における甲第2号証、本訴における甲第3号証)、実開昭48-30772号及び実願昭46-73724号の明細書及び図面(審決における甲第3号証、本訴における甲第6号証)、英国特許第1598438号明細書(審決、本訴とも甲第4号証)、特開昭51-45291号公報(審決、本訴とも甲第5号証)及び太刀川平治著「特別高圧送電線路ノ研究」(大正10年8月28日丸善株式会社発行)(審決における甲第6号証、本訴における甲第7号証)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるから、本件特許は、同法29条2項の規定に違反してなされたものであり、同法123条1項1号の規定により、その特許を無効にすべきものとする、としたものである。(なお、23頁2行の「架空ケーブル」な「架空ケーブルの中心部」の誤記と認める。)

4  審決の理由に対する認否

審決の理由Ⅰ(手続きの経緯・本件発明の要旨)は認める。同Ⅱ(請求人の主張)について、同Ⅱ-1(甲第1~6号証)のうち、甲第2号証(審決での書証番号)の認定中の「外筒(2)」(5頁10行)、「架空線路」(5頁19行)の各部分は争い、その余は認める。同Ⅱ-2(請求人の主張する理由1)、同Ⅱ-3(請求人の主張する理由2)は認める。同Ⅲ(被請求人の主張)は認める。同Ⅳ(要旨変更および本件発明の要旨についての検討)について、同Ⅳ-1(出願公告決定謄本送達前の補正について)のうち、被請求人(原告)の主張内容は認めるが、その余は争う。同Ⅳ-2(出願公告決定謄本送達後の補正について)は認める。同Ⅴ(対比)のうち、「本件出願は手続補正書が提出された昭和60年1月22日に出願されたものであり、」との部分(19頁14行、15行)は争う。甲第2号証の記載事項、一致点及び相違点の認定については、甲第2号証には、光導体を取り囲むものが合成樹脂の「外筒」と記載されているとした点、「中空管によって区画された空間が形成されており、当該空間内には・・・光ファイバが収容されている」と記載されているとして、そのことも本件発明との一致点としたこと、甲第2号証に記載のものでは、架空ケーブルが「架空線路」として用いられているとした点は争うが、その余は認める。「光ファイバが、電線の技術分野において通信導線として用いられることは周知である。」ことは認める。同Ⅵ(当審の判断)について、同Ⅵ-1(相違点1について)のうち、「架空線路」(24頁8行)、「架空線路なる用語」(24頁11行)、「前記Ⅱ-1-6に示したように、架空線路において、架空送電線と架空地線とを流用することも、電線の技術分野においては従来行われていることで、架空送電線と架空地線とでは、両者に求められる機能は異なるものの構造的に格別に異なるものではないことは明確である。」(24頁17行ないし25頁2行)、「(本件発明においても)架空地線のみに用いられるのでなく、架空送電線としても用いられることが意識されていたことからも、これは裏付けられる。」(25頁6行ないし8行)、「同種の架空ケーブルである以上、使用される条件に応じて任意の径のものとする程度のことは、従来から必要に応じて慣用されていることであり、特に架空地線と限定したことにより格別な作用効果を奏するものとはいえない。」(25頁14行ないし18行)、「したがって、甲第2号証において架空線路として用いられるものとされる点は、まさに架空地線としての用途を妨げているものではなく、むしろ当然に含まれているものと解するのが妥当であり、相違点1は実質的な相違をなすものとはいえない。」(26頁7行ないし12行)の各部分は争い、その余は認める。同Ⅵ-2(相違点2について)のうち、「甲第2号証に記載される光ファイバ複合架空ケーブルでは、光ファイバを収納する管体を、鎧装で形成される内部空間に位置させることで、外部からの通信導線への妨害を避ける作用効果を得ることが意図されている。」(28頁1行ないし5行)、「したがって、ファイバが収納されている中空管をケーブル中心に有する光ファイバ複合架空ケーブルが、甲第2号証により公知」(28頁11行ないし13行)の各部分は争い、その余は認める。まとめの「以上のとおりであるから、本件発明は、・・・作用効果を奏するものでもない。」(28頁末行ないし29頁13行)は争う。同Ⅶ(むすび)は争う。

5  審決を取り消すべき事由

審決は、本件補正につき要旨の変更に該当するものと誤って判断して、本願の出願日についての判断を誤り(取消事由1)、スイス国特許第567730号明細書(本訴における甲第3号証。以下、書証については本訴における書証番号により表示する。)に記載された発明の内容を誤認して、本件発明と甲第3号証の発明との一致点の認定を誤って相違点を看過し、この構成の相違による本件発明の顕著な作用効果をも看過し(取消事由2)、かつ、相違点1の認定及び判断を誤って(取消事由3)、本件発明の進歩性の判断を誤ったものであるから、違法として取り消されるべきである。

(1)  本件補正を要旨変更とした判断の誤り(取消事由1)

〈1〉 本件発明の当初明細書(甲第2号証の1)に、「本発明の要旨は、架空送電線又は架空地線を構成している亜鉛メッキ鋼線、アルミニウム被鋼線、又はアルミニウム線等の線条にアルミニウム管又は亜鉛メッキ鋼管等の管が添設又は撚り合せられ、当該管内に1本又は多数本の光ファイバを平行あるいは撚り合わせて挿入されていることにある。」(2頁9行ないし14行)と記載されているように、本件発明は、管によって区画される空間内に複数本の光ファイバを挿入し、更に必要であれば管を複数にすることもある、というものであって、管自体の本数が複数なければならないというものではない。当初図面第1図には、管2が2本ある実施例が示されているが、この第1図は一実施例であって、もとより管が2本であることを発明の必須の構成として意図しているものではない。

上記のとおりであって、本件発明においては、管が1本である場合も当然予定されている。

ところで、架空送電線又は架空地線においては、特殊な要請がある場合を除いて、これを構成する多数の金属線条とは異なる線条や管を一緒に撚り合わせる場合には、断面形状が円形であることから中心に配置する方が極めて自然である。何故ならば、異質な線条や管の寸法形状が多数の金属線条と異なる場合は勿論であるが、仮に寸法形状が同一であっても、ヤング率等の物性が異なることにより、撚線構成全体のバランスが崩れると撚線作業上著しく不都合が生じるので、極力バランスを保つ形とすることが望ましく、この要請からは、異質な線条や管を中心に配置することが最も簡便であるからである。

しかして、架空地線に限らず、複数の金属線条を撚り合わせる場合において、異質の線条や管を一緒に撚り合わせるときは、その異質の線条や管を中心に配置するのが技術常識であって、当業者にとって周知自明のことである。

したがって、本件発明の当初明細書には、管が1本の場合、管を「中心に」配することが記載されているということができる。また、管が複数の場合についてみても、当業者の技術常識からみて、これら管を「中心もしくは中心付近に」配することは自明の事項である。

〈2〉 次に、本件補正後の明細書に記載された本件発明の作用効果(甲第2号証の5第5欄11行ないし6欄13行に記載の(a)ないし(d)の作用効果)はいずれも、光ファイバを収容する中空線が撚り合わされた裸金属線条の中心もしくは中心付近に配置されているという、配置関係の特定によるものではなく、中空管が架空地線を構成する金属線条の内部にあることによるものである。

したがって、これらの作用効果は、当初明細書及び図面に記載された事項の範囲内のものである。

〈3〉 以上のとおりであるから、本件補正による「中心もしくは中心付近に」管が配されているとの構成、及びその構成による作用効果は、当初明細書または当初図面に記載された事項の範囲内ではないとして、本件補正は要旨を変更するものであるとした審決の判断は誤りである。

したがって、本件発明の出願日を本件補正日である昭和60年1月22日としたことも誤りであり、本件出願日は昭和51年8月18日であるから、上記誤りは審決の結論を左右するものというべきであって違法である。

(2)  甲第3号証の発明内容の誤認に基づく一致点の認定の誤り・相違点の看過等(取消事由2)

〈1〉 審決は、甲第3号証の発明について、「複数本の導電性を有する金属線材(本件発明の裸金属線条に相当する)が撚り合せられている架空ケーブルの中心部に位置する中空管によって区画された空間が形成されており、当該空間内には少なくとも一つの光導体としての光ファイバが収納されている光ファイバ複合架空ケーブル。」と認定し、上記構成をもって本件発明との一致点と認定した。

しかし、甲第3号証の発明は、「中空管によって区画された空間」を有していない。したがって、「当該空間内」に光ファイバを収容するという構成も有しない。

審決は、甲第3号証の従属特許請求の範囲には、「光導体(1)が合成樹脂の外筒(2)により取り囲まれていることを特徴とする特許請求の範囲Ⅰ記載の架空ケーブル。」が記載されていると認定しているが、「Mantel」という用語は、甲第11号証ないし第15号証の各図面によっても明らかなとおり、中央の芯(本件では光ファイバ)に対して被覆が密着した状態を示すために慣用されているものであるから、「外筒」ではなく、「保護被覆」と訳されるべきであって、上記部分は、「光導体(1)が合成樹脂の保護被覆(2)により取り囲まれている・・・」というように訳されるべきものである。

また、光導体は外力に弱く、傷つき易く非常に折れ易いため、保護のため合成樹脂によって芯となる光導体の周囲に該樹脂が接触するよう取り囲み被覆することが通例であるから、甲第3号証中の上記「光導体(1)が合成樹脂の保護被覆(2)により取り囲まれている」や「光導体は合成樹脂からなる保護被覆2によって取り囲まれているのが好ましい。」(訳文2頁4行、5行)との記載をみれば、当業者は、光導体は保護のため合成樹脂によって被覆されているものと理解するのである。

さらに、甲第3号証には、「光導体は合成樹脂の保護被覆で取り囲むことができる。これにより、機械的に信頼度の高い支承が保証される。」(訳文2頁10行、11行)と記載されているが、「保護被覆で取り囲み、機械的に支承する」との趣旨は、保護被覆が光導体に接触して取り囲んでいるということである。

一方、「中空管」あるいは「中空管によって区画された空間」は、それぞれ中実(丸棒状)の裸金属線条が多数撚り合わせられた架空ケーブルの構成中において異質なものであるから、仮に、甲第3号証の発明において「中空管」あるいは「中空管によって区画された空間」が採用されているとすれば、その構成が示され、また何のために中空管を採用するのか、その目的あるいは作用効果が記載されてしかるべきである。しかし、甲第3号証には、「中空管」の構成はもとより、任意の本数の光導体が収容されるべき「中空管によって区画された空間」もなく、またこれらを示唆する目的ないし作用効果の記載もない。

結局、甲第3号証の記載から、同号証の発明において「中空管によって区画された空間」が形成されているとみることはできない。

したがって、本件発明と甲第3号証の発明との一致点の認定のうち、「中空管によって区画された空間が形成されており、当該空間内に光ファイバが収容されている」との部分は誤りであり、審決は、甲第3号証の発明が上記構成を有しないという相違点を看過したものである。

〈2〉 本件発明は、「中空管によって区画された空間が形成されており、当該空間内には単数もしくは複数の光ファイバが収容されている」という構成を有することによって、甲第3号証の発明にはない、「特に光ファイバは中空管内に収容されているので、裸金属線条に対して任意の余裕をもって内蔵させることが可能であり、裸金属線条に直接光ファイバが撚り合せもしくは添設された場合のように簡単に光ファイバが破損することがなく信頼性が高い。」(甲第2号証の5第6欄8行ないし13行)という顕著な作用効果を奏するものである。

〈3〉 上記のとおり、審決は、甲第3号証の発明の内容を誤認して、本件発明と甲第3号証の発明との一致点の認定を誤って相違点を看過し、かつ、相違点に係る本件発明の構成による顕著な作用効果を看過したものである。

(3)  相違点1の認定及び判断の誤り(取消事由3)

〈1〉 審決は、相違点1の認定において、甲第3号証の発明では架空ケーブルが「架空線路」として用いられるものであるとしているが、甲第3号証には、「自己支持型架空ケーブルは、高電圧架空電線網における架空電線の布設に際し電柱に一緒に懸架される。」(訳文1頁5行、6行)とあるように、架空ケーブルの用途を架空電線すなわち架空送電線と明示している。

審決のいう「架空線路」なる用語は一般的に用いられるものではなく、技術用語としては送電線路、配電線路、架空送電線路、地中送電線路などが一般に用いられる。そして、これら「線路」という用語を総称的に使用する場合は電力輸送のための包括した施設をいうのであって、例えば架空送電線路を総称的意味に用いるときは、発電設備で発電された電力を需要地まで輸送することを目的として構成された電力輸送のための施設ということに他ならない。

したがって、甲第3号証に示される架空ケーブルをもって、「架空線路」に用いるものと理解することは許されず、この点において、相違点1はその認定自体誤っているものというべきである。

〈2〉 ところで、審決は、本件発明は架空地線を対象とするのに対して、甲第3号証の発明は架空線路を対象とする点をもって相違点1と認定しながら、何らの根拠も示さず架空線路なる用語は架空地線と架空送電線を総称することは周知であるから、甲第3号証の発明には本件発明が当然に含まれるとするものであって、理由不備の違法がある。

次に、前記のとおり甲第3号証の架空ケーブルは架空送電線に他ならないが、架空送電線と架空地線とは、その目的(機能)のみならず、使用状態、要求事項、一般的構造の面でも悉く相違しており、それぞれ異なる設計基準に基づいて設計されている。架空地線は、本来架空地線としてのみ鉄塔に直接接続され大地電位に設置された状態で架設、使用するものである。したがって、架空地線とはそのような状態で使用する目的に供するために独自に設計、製造される独自の製品であって、現時点はもとより、本件発明の出願当時においても、技術用語としての架空地線と架空送電線とは厳格に区別され、両者間の技術的相違は当業者間で極めて明確になされていた。

また、本件発明の光ファイバ複合架空地線においては、(a)定常時には電圧のかからない架空地線に光ファイバが組み込まれているため、光ファイバの引出部に格別の耐電圧対策を必要とせず、光ファイバ部分の保守にも送電をストップする必要がなく、取扱いが容易である、(b)架空地線が送電線に比べて電流容量の要求が小さいので、細径にでき、また、たるみも小さくでき、その結果、風圧の影響が小さく振幅も小さいため、光ファイバの破損を生じにくいという、同複合架空送電線にはない固有の作用効果を奏するものである。

したがって、甲第3号証における光ファイバ架空線路(架空送電線)に、光ファイバ架空地線の用途が含まれているものということはできない。

〈3〉 以上のとおりであるから、本件発明と甲第3号証の発明との相違点1について、実質的な相違をなすものとはいえないとした審決の判断は誤りてある。

第3  請求の原因に対する認否及び反論

1  請求の原因1ないし3は認める。同5は争う。審決の認定、判断は正当であって、原告主張の誤りはない。

2  反論

(1)  取消事由1について

当初明細書において本件発明として記載されていた技術思想の実体は、中空管の配設位置は架空送電線または架空地線の本体の外部(「添設」の場合)でも、またその周縁部を含む内部(「撚り合せ」の場合)でもよく、要は、架空送電線または架空地線の本体と中空管とが物理的に結合されて、架空ケーブルとしてただ一体化されていればよい、というだけのものであったのである。それは、中空管の配設位置を問わない(その点に格別の技術的関心がない)というものに他ならないのであって、中空管の配設位置を、架空送電線または架空地線の本体の内部に特定し、更にその「中心もしくは中心付近」に特に限定しなければならないなどという技術思想は、その片鱗だに認めることはできない。

したがって、中空管の配設位置を「中心もしくは中心付近」に特定することを内容とした本件補正は、当初明細書及び図面に記載されている発明の要旨を変更するものであって、本件補正を要旨変更に該当するとした審決の判断に誤りはない。

(2)  取消事由2について

〈1〉 甲第3号証には、その発明の構成について、(a)「情報伝送用の導体システムは、ケーブルコアとして少なくとも一つの光導体1から構成されている。」(訳文2頁2行ないし4行)、(b)「光導体は合成樹脂からなる“Mantel”2によって取り囲まれているのが好ましい。」(同2頁4行、5行)、(c)「これにより、機械的に信頼度の高い支承が保証される。」(同2頁11行)と記載されている。

上記(a)の記載によれば、甲第3号証の発明における情報伝送用の導体システムは、複数本の光導体をもって構成することが予定されているものであることは明らかである。

ところで、個々の光導体を成す光ファイバは、その表面が簡単に損傷し易く、また破損し易い極細のガラス繊維であるところから、たとえ一本であっても、それを裸繊維のままで金属鎧装を施し、架空ケーブルに構成することは現実的でない。そこで、通常は裸繊維の表面に熱硬化型あるいは紫外線硬化型のシリコン樹脂を塗布する等の方法によって保護被覆(コーティング)を施すのであるが、その場合には、保護被覆の施された光ファイバをもって光導体と観念しているのである。しかし、このような保護被覆によれば、光ファイバの表面が軽度の擦過等によっても損傷するという問題はこれを解消することができるとはいっても、依然として硬い物による衝撃や張力等に対する脆弱性が根本的に是正されるというものではない。それ故、その表面に密着する状態で直接金属鎧装を施すことは技術的に極めて困難である。まして、光導体の本数が複数本であるとなれば、それ等をまとめて、金属鎧装から成る架空ケーブルの中心部に離隔された状態で配置する、という考えに至ることは理にかなったものである。

それ故、上記(b)にいう“Mantel”によって「取り囲む」(被覆するという表現ではない)という説明は、そのことを述べているものと理解するのが当然であり、したがって、その“Mantel”とは、光導体を収納し、それを保護するための「中空管」もしくは「外筒」であって、ある程度以上の硬度を有するものでなければならないことは自明である。

そして、上記(c)の記載が意味しているところは、光導体が金属鎧装から離隔された状態で“Mantel”の中空管に収納され、それによって保護されているために、金属鎧装との接触による損傷や外部応力による損傷等を受けることが防がれ、したがって、鉄塔間にこれを支承(架設)しても機械的に(力学的に)高い信頼度が得られる、ということに他ならない。

〈2〉 原告は、甲第11号証ないし第15号証の各図面を引用して、「Mantel」という用語は、中央の芯(本件では光ファイバ)に対して被覆が密着した状態を示すために慣用されている旨主張する。

確かに、それらの図面において「Mantel」として指示されている断面円形の筒状部材と、それが取り囲んでいる部材との間には、空隙があるようには描かれていない。しかし、その理由は、当該各書証の特許公報によって開示されている発明の技術思想が、「Mantel」とその内部に収納されている部材との間に空隙が存在するか否かという問題については格別の関心を有していないものだからである、というだけのことであって、「Mantel」という用語は、空隙の存在しない密着保護被覆を意味するものであるとすることは到底できない。

〈3〉 「中空管」とは中空状の管を意味し、「中空管によって区画された空間」とは、その中空状の空洞部分を意味する。しかし、本来は中空管であっても、その空洞部分に他の部材を収納することが予定されている場合には、収納の態様如何により、結果として「中空管」の内壁面と収納されている部材とが密着状態を呈する場合もあり得るであろうし、そうでない場合もあり得る。したがって、本件発明にいう「中空管」とは、光ファイバを直接または間接に(密着状態または非密着状態で)取り囲み、これを保護する断面円形の筒状部材を意味するものである、というのが正しい技術的理解である。

そうすると、「Mantel」の意義について内部収納物との密着、非密着という点に固執して、本件発明における「中空管」との相違を問題にしても意味のある議論ではないというべきである。

〈4〉 以上のとおりであるから、甲第3号証の発明は「中空管によって区画された空間」を有しないとする原告の主張は理由がなく、審決の認定に誤りはない。

(3)  取消事由3について

〈1〉 甲第3号証には、「この種の自己支持型架空ケーブルは、高電圧架空電線網における架空電線の布設に際し電柱に一緒に懸架される。」(訳文1頁5行、6行)と記載されているが、上記記載中の「架空電線」が原告主張のとおり架空送電線(なお、原告が使用する「架空送電線」は用語の定義が不明確であって、被告としては、「架空地線」の対語を成す明確な技術用語は「架空電力線」であると考える。)を意味するものであると仮定するならば、「自己支持型架空ケーブル」なるものは、少なくとも第一義的には、高電圧架空電線網(架空送電線路)の構築に際して架空電力線と一緒に懸架される架空線、即ち架空電力線以外の架空線を想定しているものであると、これを理解するほかはないこととなる。しかして、架空電力線と一緒に懸架される架空線とは何かといえば、まず架空地線がそれであるとすることは当業者にとって自明のことである。

したがって、甲第3号証の発明の対象は架空送電線(架空電力線)であって架空地線ではない、とする原告の主張は根拠のないものであって、審決の認定に誤りはない。

〈2〉 相違点1の判断の誤りをいう原告の主張は、その論法自体に根本的な誤りがある。何となれば、本質的な問題は、架空電力線に光伝送用ケーブルを内蔵させるという技術思想と、架空地線に光伝送用ケーブルを内蔵させるという技術思想との間には、技術思想としての飛躍(技術的に困難な課題及びその解決)という問題が果して存在するのかというところにあるといわなければならないからである。架空電力線と架空地線とでは、少なくともその用途(機能)は違うのであるから、その相違は針小棒大に言い立てることは可能であるとしても、要は、その相違があるが故に、光伝送用ケーブルを内蔵させるということについて、架空地線の場合には架空電力線の場合と比較して飛躍的に異なる技術思想が必要とされるということでない限り、およそ議論にならないのである。

原告の個々の具体的主張についてみても、原告は、架空送

電線(架空電力線)と架空地線とは、それぞれ「異なる設計基準」に従い「別個に設計」され、「異なる構造」のものが「別個に製造」され、鉄塔上に「異なる態様」で「別個に取付けられ架設される」といい、よって架空電力線と架空地線とは「別個」の「異なる」ものであると主張しているが、全く根拠のない主張である。また、原告は、光ファイバ複合型ケーブルとしての作用効果をみた場合、光ファイバ複合架空地線たる本件発明は、光ファイバ複合架空電力線にはない固有の作用効果を奏すると主張しているが、根拠がないのみならず、技術的にも誤ったものというべきである。

第4  証拠

本件記録中の書証目録記載のとおりであって、書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。

理由

1  請求の原因1ないし3は当事者間に争いがない。

2  そこで、原告主張の取消事由の当否について検討する。

(1)  取消事由1について

〈1〉  本件発明の出願公告決定謄本送達後である昭和61年7月17日付け手続補正書による補正は特許法64条の規定に違反するものであって、同法42条の規定により採用できないとした審決の判断、及び、本件発明の要旨につき、本件補正により補正された特許請求の範囲に記載されたとおりの「複数本の導電性を有する裸金属線条が撚り合せられている架空地線の中心もしくは中心付近に中空管によって区画された空間が形成されており、当該空間内には単数もしくは複数の光ファイバが収容されていることを特徴とする光ファイバ複合架空地線。」とした審決の認定については、当事者間に争いがない。

ところで、本件発明の当初明細書(甲第2号証の1)の特許請求の範囲には、「架空送電線または架空地線において、架空送電線または架空地線を構成する主たる線条と共に管が添設または撚り合せられており、当該管には単数または複数の光ファイバが挿入されていることを特徴とする複合架空線。」と記載され、発明の詳細な説明には、「マイクロウエーブが取れない状態で有線方式だけに頼った線路では信頼性の点がかなり危険がある。このため情報量が多く、かつ、信頼性の高い線路が電力業界に於いて要求されている。本発明は、斯かる状況に鑑み、情報量が多くかつ信頼性の高い送電線路に伴なった通信線路を提供することを目的とする。」(2頁2行ないし8行)、「本発明の要旨は、架空送電線又は架空地線を構成している亜鉛メッキ鋼線、アルミニウム被鋼線、又はアルミニウム線等の線条にアルミニウム管又は亜鉛メッキ鋼管等の管が添設又は撚り合せられ、当該管内に1本又は多数本の光ファイバを平行あるいは撚り合わせて挿入されていることにある。」(2頁9行ないし14行)、「本発明の複合架空線であれば次のような顕著な効果を奏する。(1)高所に布設されるため従来の電柱等に布設された通信制御回線に比し信頼性の高い線路となる。(2)電力輸送線路の建設と同時に通信制御用線路を確保出来る。(3)光ファイバを用いるために小サイズで大容量通信が可能であり、従来の同軸ケーブルよりも、小形化軽量化されると共にマイクロ.ウエーブへの依存度も低下する。(4)一般には手の届かぬ安全な高所に通信制御回線を確保出来る。」(3頁19行ないし4頁11行)と記載されていることが認められる。

しかし、当初明細書及び図面(甲第2号証の1)には、架空送電線または架空地線を構成する主たる線条と共に添設または撚り合せられる管がどのような位置に配置されるのかについての開示ないし示唆はない。

もっとも、本件発明の一実施例を示す説明図である当初図面第1図には、12本の線条1によって形成された6角形の中心位置に管2が配置され、その外周に隣接して5本の線条1と管2が配置された(管2は下方に配置されている)ものが記載されているが、本件発明の上記目的及び効果、並びに、当初明細書には、第1図について「第1図において、1は亜鉛メッキ鋼線、アルミニウム被鋼線又はアルミニウム線等の線条であり、2はアルミニウム管又は亜鉛メッキ鋼管等の管であり光ファイバが挿入されている。」(甲第2号証の1第2頁末行ないし3頁3行)とのみ記載されているにすぎないことに照らしても、図面第1図の記載をもって、管の配置位置を開示ないし示唆しているものと認めることはできない。

〈2〉  原告は、架空地線に限らず、複数の金属線条を撚り合わせる場合において、異質の線条や管を一緒に撚り合わせるときは、その異質の線条や管を中心に配置するのが技術常識であって、当業者にとって周知自明のことであるとして、本件発明の当初明細書には、管が1本の場合、管を「中心に」配することが記載されているということができ、また、管が複数の場合も、当業者の技術常識からみて、これら管を「中心もしくは中心付近に」配することは自明の事項である旨主張する。

しかし、複数の金属線条と一緒に光ファイバを収容する管を撚り合わせる場合において、光ファイバを収容する管を「中心もしくは中心付近に」配置することが周知慣用の技術であることを認めるべき証拠はなく、したがって、当初明細書及び図面の記載からみて、光ファイバを収容する管を「中心もしくは中心付近に」配置することが自明であると認めることはできない。

また原告は、本件補正後の明細書に記載された本件発明の作用効果(甲第2号証の5第5欄11行ないし6欄13行に記載の(a)ないし(d)の作用効果)はいずれも、光ファイバを収容する中空管が撚り合わされた裸金属線条の中心もしくは中心付近に配置されているという、配置関係の特定によるものではなく、中空管が架空地線を構成する金属線条の内部にあることによるものである旨主張するが、本件公告公報(甲第2号証の5)には、上記(c)及び(d)の作用効果は、光ファイバを収容した中空管が架空地線の中心もしくは中心付近に配置されていることによるものであることが明記されており(第5欄20行ないし6欄1行。6欄5行、6行)、採用できない。

〈3〉  上記のとおりであるから、本件補正は要旨を変更するものであるとし、本件出願は本件補正に係る手続補正書が提出された昭和60年1月22日に出願されたものとみなすとした審決の判断に誤りはなく、取消事由1は理由がない。

(2)  取消事由2について

〈1〉  甲第3号証(スイス国特許第567730号明細書)の特許請求の範囲Ⅰには、「支持鎧装の内部に情報伝送用の導体システムを有する架空ケーブルにおいて、導体システムが少なくとも一つの光導体(1)を有し、支持鎧装(3)が光導体を取り囲む螺旋状に配置された複数の線材を有することを特徴とする架空ケーブル。」、従属特許請求の範囲には、「光導体(1)が合成樹脂のmantel(Kunststoffmantel)(2)により取り囲まれていることを特徴とする特許請求の範囲Ⅰ記載の架空ケーブル。」、特許請求の範囲Ⅱには、「支持鎧装の線材を電流の導体として使用して、特許請求の範囲Ⅰ記載の架空ケーブルを高電圧電線に適用すること。」とそれぞれ記載されていること、詳細な説明には、「この種の自己支持型架空ケーブルは、高電圧架空電線網における架空電線の布設に際し電柱に一緒に懸架される。このような架空ケーブルは主要構成要素として支持鎧装を有しており、その芯体は通信信号の伝送に用いられる対称または同軸のエレメントを有している。」(訳文1頁5行ないし8行)、「本発明の目的は、重量を低減でき、特に高電圧網から妨害を受け難い、支持鎧装の内部に収容された情報伝送用の導体システムを有する架空ケーブルを提供することにある。」(訳文1頁17行ないし19行)、「光導体は合成樹脂からなるMantel2によって取り囲まれているのが好ましい。」(1欄35行ないし37行。訳文2頁4行、5行)、「光導体は合成樹脂のmantel(Kunststoffmantel)で取り囲むことができる。これにより、機械的に信頼度の高い支承が保証される。」(2欄6行ないし8行。訳文2頁10行、11行)と記載されていることが認められる。

〈2〉  原告は、審決が、上記kunststoffmantel(2)につき「合成樹脂の外筒(2)」と、上記Mantel2につき「外筒2」とした点を争い、前者については「合成樹脂の保護被覆(2)」、後者については「合成樹脂2」とそれぞれ訳されるべきであって、甲第3号証の発明においては、保護被覆が半導体に接触して取り囲んでおり、「中空管によって区画された空間」を有していないし、したがって、「当該空間内」に光ファイバを収容するという構成も有しない旨主張する。

乙第2号証の1ないし4(郁文堂発行「独和辞典」)によれば、「Mantel」は、「(電線などの)外装、保護被覆、(管、筒などの)シェル、覆い」などの意味をも有するものであると認められが、甲第3号証の図面に示される円筒体からなる「Mantel」の形状からいって、「外筒」と訳された点に特に誤りがあるとは認め難い。

そして、「Mantel」という用語自体から、光導体に接触して取り囲んでいるような態様のものに限定されるものとは認め難い。

甲第11号証(ドイツ特許公開第2539017号公報)、甲第12号証(同第2513722号公報)、甲第13号証(同第2551210号公報)、甲第14号証(同第2628069号公報)及び甲第15号証(同第2835241号公報)の各図面には、光ケーブル等に関する発明において、「Mantel」として指示されている断面円形の筒状部材と、それが取り囲んでいる部材(光ファイバ等)との間には間隙が存在しないものが図示されていることが認められるが、他方、乙第5号証(ドイツ特許公開第2604307号公報)、乙第6号証(同第2609693号公報)、乙第7号証(同第2817045号公報)及び乙第8号証(ヨーロッパ特許第141307号公報)の各図面には、光ケーブルに関する発明において、「Mantel」として指示されている断面円形の筒状部材と、その内部に収納されている部材(光ファイバ)との間には間隙が存在する態様のものが図示されていることが認められから、「Mantel」という用語が、中央の芯に対して被覆が密着した状態を示すために慣用されているものであるとは認められない。他に、保護のために光導体の周囲に合成樹脂が接触するように取り囲み被覆することが通例であることを認めるべき証拠はない。

さらに、上記「光導体は合成樹脂のmantel(Kunststoffmantel)で取り囲むことができる。これにより、機械的に信頼度の高い支承が保証される。」との記載中の「機械的に信頼度の高い支承が保証される。」との文言から当然に、合成樹脂のmantel(Kunststoffmantel)が光導体に接触して取り囲み被覆しているものと解することもできない。

確かに、甲第3号証には、「中空管によって区画された空間」を有する構成が採用されている旨の具体的な記載はないが、上記説示したところによれば、甲第3号証の発明は、「中空管によって区画された空間」が存在する態様のものを除外しているとは認められない。

〈3〉  ところで、本件補正に係る特許請求の範囲(本件発明の要旨)は、「複数本の導電性を有する裸金属線条が撚り合せられている架空地線の中心もしくは中心付近に中空管によって区画された空間が形成されており、当該空間内には単数もしくは複数の光ファイバが収容されていることを特徴とする光ファイバ複合架空地線。」というものであって、「中空管によって区画された空間が形成されており、」との記載に続いて、「当該空間内には単数もしくは複数の光ファイバが収容されている」と記載されているから、上記「中空管に区画された空間」とは光ファイバが収容される前の段階における「空間」を意味しているものと認められる。したがって、「当該空間内」に光ファイバが収容された場合には、中空管の内壁面が光ファイバに接触して被覆する場合もあるし、そうではない場合もあり得るものと認められ、本件発明はいずれの態様をも包含しているものと認められる。

そうすると、仮に甲第3号証の発明において、合成樹脂のmantel(Kumststoffmantel)が保護されるべき光導体に接触して被覆しているものであるとしても、光導体(光ファイバ)に接触して被覆しているという点において本件発明と相違するところはないものというべきである。

〈4〉  本件明細書には、「特に光ファイバは中空管内に収容されているので、裸金属線条に対して任意の余裕をもって内蔵させることが可能であり、裸金属線条に直接光ファイバが撚り合せもしくは添設された場合のように簡単に光ファイバが破損することがなく信頼性が高い。」(甲第2号証の5第6欄8行ないし13行)と記載されているが、この作用効果は光ファイバを中空管内に収容したことによるものであって、その点では甲第3号証の発明においても同様に奏し得るものというべく、格別顕著なものとは認め難い。

〈4〉  以上のとおりであって、取消事由2は理由がないものというべきである。

(3)  取消事由3について

〈1〉  原告は、審決が、相違点1の認定において、甲第3号証の発明では架空ケーブルが「架空線路」として用いられるものであるとした点を争い、相違点1の認定自体誤っている旨主張する。

「架空線路」という用語自体が一般的に用いられるものであるか否か明らかではないが、審決の理由中の「本件発明の属する電線の技術分野において、架空線路なる用語は、送電線として用いられる架空ケーブルと、該送電用架空ケーブルの上部に架線して雷の直撃からこれを守り、逆閃絡を防止するために用いられる架空地線の両者を総称する用語として用いられていることは、従来周知である。」(甲第1号証24頁10行ないし16行)との説示によれば、審決は、「架空線路」なる用語を架空送電線と架空地線を総称するものとして用いていることは明らかである。

ところで、例えば一般的に用いられる「送電線路」についていえば、発電所と変電所間、発電所相互間、変電所相互間に、電力輸送を目的として施設された一切の設備をいうものであって、「線路」という用語は電気工作物をも含ましめるものとして用いられているものと解されるから、審決が、架空送電線と架空地線を総称するものとして、「架空線路」という用語を用いたことは相当とはいえないが、これをもって、審決を取り消すべきほどの瑕疵であるとは到底認め難い。

原告は、甲第3号証中の「自己支持型架空ケーブルは、高電圧架空電線網における架空電線の布設に際し電柱に一緒に懸架される。」(訳文1頁5行、6行)との記載を引用して、甲第3号証の架空ケーブルは架空送電線に他ならない旨主張するが、上記記載から直ちに、上記架空電線が架空送電線に限定されるものと解することはできないし、甲第3号証の特許請求の範囲Ⅱ中の「支持鎧装の線材を電流の導体として使用して、」との記載によれば、特許請求の範囲Ⅱは「架空送電線」に限定しているものと解され、したがって、特許請求の範囲Ⅰは「架空送電線」に限定のない発明が記載されているものと認められるから、甲第3号証の架空ケーブルは架空送電線に限定されるものとは認め難い。

〈2〉  審決の理由によれば、審決は、架空送電線と架空地線とを総称するものとして「架空線路」なる用語を用いながら、相違点1について、実質的には、光ファイバケーブルを組み合わせる対象として架空送電線とするか架空地線とするかはその容易想到性において異なるところはないと判断しているものと解される。

ところで、いわゆる架空電線としては架空送電線と架空地線があることは、本件発明の属する電線の技術分野において周知であるところ(この点は弁論の全趣旨により認める。)、甲第7号証(太刀川平治著「特別高圧送電線路ノ研究」 大正10年8月28日丸善株式会社発行)には、高圧送電線路の架設実績について記載されていて、利根川横断線路において、鉄塔間の距離が長い箇所で最低電線と最高洪水面との間隔を保つべく、標準導線のよりも太い直径を有する特殊鋼線を使用して、鉄塔の高さを減じたこと、そして、この際に地線と同種同大のものを使用したこと、この場合、地線と導線が同種同大であることから、導線焼断等の重大故障発生時に地線を導線に流用できる効果が得られることを期待したものであると記載されていること(このことは当事者間に争いがない。)からすると、架空送電線と架空地線とを流用することは、電線の技術分野において従来行われていることであって、架空送電線と架空地線とでは、求められる機能は異なるが、構造上は格別異なるものではないものと認められる。

そして、本件発明の当初明細書(甲第2号証の1)の特許請求の範囲には、「架空送電線または架空地線において、架空送電線または架空地線を構成する主たる線条と共に管が添設または撚り合せられており、当該管には単数または複数の光ファイバが挿入されていることを特徴とする複合架空線。」と記載され、発明の詳細な説明には、「架空送電線または架空地線に光ファイバを組みこんだ複合架空線に関する。」(1頁11行、12行)と記載されていることからしても、原告自身、光ファイバを架空送電線または架空地線のいずれにも組み合わせることが可能なものとして認識していたことは明らかである。

上記認定、説示したところによれば、光ファイバを架空地線に組み合わせることは、当業者において容易に想到し得たものと認めるのが相当である。

〈3〉  原告は、審決は、何らの根拠も示さず、架空線路なる用語は架空地線と架空送電線を総称することは周知であるから、甲第3号証には本件発明が当然に含まれるとするものであって、理由不備の違法がある旨主張するが、審決が、単に架空線路なる用語は架空地線と架空送電線を総称することは周知であるということのみを理由として、「甲第3号証(注 審決では「甲第2号証」)において架空線路として用いられるものとされる点は、まさに架空地線としての用途を妨げているものではなく、むしろ当然に含まれている」としているものでないことは、その理由から明らかであって採用できない。

次に原告は、架空送電線と架空地線とは、その目的(機能)のみならず、使用状態、要求事項、一般的構造の面でも悉く相違しており、それぞれ異なる設計基準に基づいて設計されていること、本件発明の光ファイバ複合架空地線においては、(a)定常時には電圧のかからない架空地線に光ファイバが組み込まれているため、光ファイバの引出部に格別の耐電圧対策を必要とせず、光ファイバ部分の保守にも送電をストップする必要がなく、取扱いが容易である、(b)架空地線が送電線に比べて電流容量の要求が小さいので、細径にでき、また、たるみも小さくでき、その結果、風圧の影響が小さく振幅も小さいため、光ファイバの破損を生じにくいという、同複合架空送電線にはない固有の作用効果を奏するものであることを理由として、相違点1についての審決の判断の誤りを主張する。

架空送電線及び架空地線の目的(機能)、使用状態、要求事項には、それぞれそれなりの相違があるものと解されるが、構造や設計基準の点でどのように異なっているのかについての立証はなく、電力送電とは直接関係のない光通信用の光ファイバケーブルを一体に組み合わせることを当業者が容易に想到し得るか否かということを考えるについて基本的な影響を及ぼすほどの相違が、架空送電線と架空地線の各構造自体に存するものとは認められない。すなわち、光ファイバケーブルを一体に組み合わせる対象について、架空送電線とするか架空地線とするかはそれなりの得失はあるとしても、光ファイバケーブルを、一方に組み合わせることはできるが、他方に組み合わせることはできないという技術的理由を見出すことはできない。

また、本件明細書には、本件発明に係る光ファイバ複合架空地線は上記(a)及び(b)の作用効果を奏する旨記載されているが(甲第2号証の5第5欄11行ないし19行)、これらの作用効果は、光ファイバケーブルを一体に組み合わせる対象につき架空地線を採択することにより当然予測し得る程度のものと認められ、かつ、上記構成は容易に想到できたものであるから、上記作用効果をもって格別のものとすることはできない。

したがって、原告の上記主張は採用できない。

〈4〉  上記のとおりであって、相違点1の認定及び判断は、その説示に必ずしも適切ではない部分、やや不明確な点は存するものの、審決を取り消すべき誤りがあるとは認められず、取消事由3は理由がない。

3  以上のとおりであって、原告主張の取消事由はいずれも理由がなく、他に審決を違法として取り消すべき事由は認められない。

よって、原告の本訴請求は失当であうから棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 市川正巳)

理由

(手続きの経緯・本件発明の要旨)

Ⅰ.本件特許第1395875号発明(昭和51年8月18日特許出願、昭和62年8月24日設定登録。)の要旨は、その特許請求の範囲の記載によれば、以下のとおりのものである。

「1 架空地線を構成する複数本の裸金属線条と、該裸金属線条とは別の金属管とを該金属管が該架空地線の中心部近傍に位置するように一緒に撚り合わせてなり、この金属管によって区画されている空間内に少くとも一条の光ファイバが収容されていることを特徴とする光ファイバ複合架空地線。」

(請求人の主張)

Ⅱ.これに対して、請求人は、証拠方法として甲第1号証ないし甲第6号証を提出し、本件発明の特許を無効とする審決を求めている。

甲第1号証 特開昭53-24582号公報(本件特許の出願公開公報)

甲第2号証 スイス国特許第567730号明細書

甲第3号証 実開昭48-30772号および実願昭46-73724号の明細書および図面

甲第4号証 英国特許第1598438号明細書

甲第5号証 特開昭51-45291号公報

甲第6号証 太刀川平治著「特別高圧送電線路の研究」第73~74頁

(甲第1~6号証)

Ⅱ-1 甲第1~6号証には、以下の内容が記載されている。

Ⅱ-1-1 甲第1号証 特開昭53-24582号公報(本件特許の出願公開公報)

本件出願の当初明細書及び図面に相当する。

特許請求の範囲には、以下の如くに記載されている。

「1 架空送電線または架空地線において、架空送電線または架空地線を構成する主たる線条と共に管が添設または撚り合せられており、当該管には単数または複数の光ファイバが挿入されていることを特徴とする複合架空線。」

詳細な説明には、これの有する作用効果として、

一般には手が届かない安全な高所に布設されることにより、従来の電柱布設のものに比較して信頼性が高いこと、

電力輸送線路の建設と同時に通信制御線路が確保できること、および

光ファイバを用いることにより、小サイズでの大容量通信が可能なこと、

が、記載されている。

そして、その後の補正で根拠とされる本件複合架空線の断面図である第1図と共に、光ファイバの収納構造の実施例を示す第2図~第6図が記載されている。

なお、詳細な説明中には、単に撚り合わせが行われていることを示唆する表現があるのみで、光ファイバを収納した管が線条内部でどのような位置に配されるかを示唆する表現は見当らない。

Ⅱ-1-2 甲第2号証(スイス国特許第567730号明細書および図面)

「情報伝送用の導体システムを有する架空ケーブル」に関するものであり、その請求の範囲には、

「1.支持鎧装の内部に情報伝送用の導体システムを有する架空ケーブルにおいて、導体システムが少なくとも一つの光導体(1)を有し、支持鎧装(3)が光導体を取り囲む螺旋状に配置された複数の線材を有することを特徴とする架空ケーブル。」

「従属項.光導体(1)が合成樹脂の外筒(2)により取り囲まれていることを特徴とする特許請求の範囲1記載の架空ケーブル。」

「2.支持鎧装の線材を電流の導体として使用して、特許請求の範囲1記載の架空ケーブルを高電圧線路に適用すること。」

と記載されている。

また、その詳細な説明中には、

「この種の自己支持型架空ケーブルは、高電圧架空線路網における架空線路の布設に際し電柱に一緒に懸架される。このような架空ケーブルは主要構成要素として支持鎧装を有しており、その芯体は通信信号の伝送に用いられる対称または同軸のエレメントを有している。位相ワイヤ・架空ケーブルも同様に構成されている。この場合、高電圧エネルギーの伝達に用いられる位相ワイヤは、通信導線の金属鎧装として役立つ。」、

「鎧装は通信導線に対する妨害因子を排除するために、良導体として構成しなければならず、」、「本発明の目的は、重量を低減でき、特に高電圧線路から妨害を受け難い、支持鎧装の内部に収容された情報伝送用の導体システムを有する架空ケーブルを提供することにある。」、および

「添付の図面に示した実施例につき以下本発明を詳細な説明する。

図面に架空ケーブルの構造が示されている。情報伝送用の導体システムは、ケーブルコアとして少なくとも一つの光導体1から構成されている。光導体は目的に合致して、合成樹脂で作ることのできる外筒2によって取り囲まれている。その外筒の外周には、高電圧位相ワイヤとして構成することもできる鎧装3が一層または多層に設けられている。

このように構成された架空ケーブルは、電磁的妨害場の影響を受けない。この場合、支持鎧装を専ら支持機能のみを果たし、遮蔽の目的は殆んど果たさないように構成することもできる。」

と記載されている。

Ⅱ-1-3 甲第3号証(実開昭48-30772号公報)

「伝送併用架空地線」に関するものであり、その実用新案登録請求の範囲には、「単一又は複数の導体芯線3を絶縁体2で絶縁した絶縁芯線とそれをとりまく外部導体1とよりなり、外部導体1により電撃保護を行わしめ、導体芯線3を伝送路とした伝送併用架空地線。」と記載され、これとともに、この伝送併用架空地線の断面および外観を示す図が記載されている。

Ⅱ-1-4 甲第4号証(英国特許第1598438号明細書)

金属或いは合金からなる多数の螺旋状に巻かれた細長い(長尺)要素からなり、長距離にわたって、自由懸架される、可撓性撚り合わせ体であって、少なくとも一つの光案内を含んだ可撓性撚線構造に関するものであり、その詳細な説明には、「本発明によれば、可撓性撚線構造は、金属或いは合金からなる少なくとも一層の螺旋状に撚り合わせられた裸線からなる長尺要素と、撚り合わせ体長さ全部に延存した長尺区画部材とからなる。その長尺区画部材、あるいは少なくとも一つの長尺区画部材には、少なくとも一本の光ファイバーあるいは少なくとも一つの光束(optical bundle)が、ゆるく収容されている。」

「ここで光束(optical bundle)は、光ファイバの一群、あるいは光ファイバでない補強用繊維と光ファイバからなる一群を意味している。」「第3図に示される架空伝導体においては、中心コア21は、アルミニウムを基材とする長手方向で曲げられた細長い片からなる管22により形成される。」

と記載されており、第3図には、一つの実施例の断面図が示されている。

Ⅱ-1-5 甲第5号証(特開昭51-45291号公報)

多目的複合型ケーブルに関するものであり、その特許請求の範囲には、「通信用ケーブル、通信用同軸ケーブル、電力用ケーブル、信号用ケーブル、又はそれ等の複合型のケーブルを構成する導体金属線の一部本数又は全本数が中空構造となって居り、該中空導体内には光伝送用繊維の単繊維又は複数の光伝送用繊維からなる光伝送用ケーブルを内蔵させてあることを特徴とする多目的複合型ケーブル。」と記載されている。

そして、その詳細な説明においては、この多目的ケーブルの有する作用効果として、「中空導体に保護された光伝送用繊維又は光伝送用ケーブルはそのまゝ撚線導体用素線として若しくは第1図、第2図の如く絶縁被覆をほどこして通信ケーブル、電力ケーブル等の心線として自由に撚合わせケーブルとすることが出来、ケーブル化困難の点は光通信ケーブルの問題点であったが、解決された。」「本発明を構成する光伝送繊維又は光伝送ケーブルを内蔵した中空導体は絶縁被覆なしにそのまゝ多数撚合わせて送電線用ケーブルとして使用することも出来る。」

と記載されている。

Ⅱ-1-6 甲第6号証(太刀川平治著「特別高圧送電線路の研究」)

高圧送電線路の架設実績についての記載がなされている。

利根川横断線路において、鉄塔間の距離が長い箇所で最低電線と最高洪水面との間隔を保つべく、標準導線のよりも太い直径を有する特殊鋼線を使用して、鉄塔の高さを減じたこと。

そして、この際に地線と同種同大のものを使用したこと。

この場合、地線と導線が同種同大であることから、導線焼断等の重大故障発生時に地線を導線に流用できる効果が得られることを、期待したものである。と記載されている。

Ⅱ-2 請求人の主張する理由1

請求人は、本件発明にかかる出願公告決定謄本送達前の補正に要旨変更があるとともに、同出願公告決定謄本送達後の補正による、本件発明の要旨の減縮内容が明確に把握されるべきであるとして、以下のごとく主張している。

Ⅱ-2-1 出願公告決定謄本送達前の補正

本件発明の出願公告決定謄本送達前の補正による出願公告公報の特許請求の範囲に記載された「中心もしくは中心付近」、および詳細な説明中の同じく「中心もしくは中心付近」は、これに基づく新たな作用効果を追加するものであるが、当初の明細書においては単に「撚り合わせられ」とされているのみで、配置関係およびこれに基づく作用効果の記載がなされていないので要旨変更にあたり、本件発明の出願日は特許法第40条の規定により、その手続補正書が提出された昭和60年1月22日とみなされるべきである。

Ⅱ-2-2 出願公告決定謄本送達後の補正

本件発明の出願公告決定謄本送達後の補正である特許請求の範囲における「中心もしくは中心付近」を「中心近傍」と変更することは、「誤記の訂正」または「明瞭でない記載の釈明」に該当しない。この補正は、「中心付近」と「中心部近傍」とが同義であるから、「中心」を除外して中心付近に限定する特許請求の範囲の減縮であると理解されるべきである。

したがって、本件出願は、出願公告決定謄本送達前の要旨変更があったことで、その出願日は昭和60年1月22日とみなされるべきであり、審理の対象となる本件発明の要旨は、出願公告決定謄本送達後に補正された特許請求の範囲に記載されたとおりの光ファイバ複合架空地線を対象として行われるべきである。

Ⅱ-3 請求人の主張する理由2

請求人は、Ⅱ-2-1に掲げた要旨変更があるものとすれば、本件発明の出願日は、昭和60年1月22日であるから、本件発明は、その出願日以前に頒布された甲第1号証ないし甲第3号証に記載される発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

一方、Ⅱ-2-1に掲げた要旨変更がないものとしても、本件発明は、甲第2号証ないし甲第4号証に記載される発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許重受けることができない。

したがって、同法第123条第1項第1号に該当し無効とされるべきである

(被請求人の主張)

Ⅲ.一方、被請求人は、本件発明にかかる手続補正には要旨変更は存在せず、また、本件発明の要旨は明確に把握できるものであり、そして、本件発明は、甲第1号証から第6号証に記載されるものにかかわらず、特許性があるものとして、以下のように答弁している。

Ⅲ-1 補正内容について

Ⅲ-1-1 出願公告決定謄本送達前の補正について

本件発明にかかる出願当初の明細書および図面、特に第1図の記載から、管体が中心付近にあることは明確であり、要旨変更に当たらない。

Ⅲ-1-2 出願公告決定謄本送達後の補正について

本件発明にかかる出願公告決定謄本送達後の補在における、出願公告された明細書の特許請求の範囲において「中心もしくは中心付近」とされている記載を「中心近傍」とすることは、「中心」あるいは「中心付近」のいずれかを選択する表現を、両者を包含した表現に補正するもので、明瞭でない記載を釈明するものである。「中心近傍」が、「中心」および「中心付近」の両者を明確に包含する記載であることは、“位相数学”の分野での取扱いをみれば明らかである。本件発明にかかる出願公告決定謄本送達後の補正内容は、明らかに特許法第64条第1項第3号の「明瞭でない記載の釈明」にあたる。

したがって、本件発明の要旨は、「中心」および「中心付近」の両者を明確に包含したものとして把握されるべきである。

Ⅲ-2 特許法第29条第2項について

甲第5号証には、光ファイバを内蔵した中空導体と、それとは別の裸金属線条とを一緒に撚り合わせる構成について記載されておらず、甲第2、3号証には「金属線条と伝送線の撚り合わせ」については開示されるも、「金属線条と金属管の撚り合わせ」については、何も開示されていない。

そして、用途を架空地線に限定することが単なる用途限定の差異にとどまるものでなく、本件発明は、架空地線としての機能を有する光ファイバ複合架空地線として格別な作用効果を奏するものである。

(要旨変更および本件発明の要旨についての検討)

Ⅳ.請求人が主張する要旨変更について、各々以下に検討する。

Ⅳ-1 出願公告決定謄本送達前の補正について

昭和60年1月22日付け手続補正書について、検討する。

被請求人は、

本件出願の当初図面である第1図には、「2」の参照番号を付した2本の管が描かれており、これら2本の管はそれぞれ中心の位置と、この中心にある管に隣接した位置とを、それぞれ有するものとして描かれていることは、明白である。したがって、この管に隣接した他方の管は中心付近にあると理解することは、当業者ならば極く自然なことである。

と主張している。

しかしながら、本件出願の当初明細書および図面については、Ⅱ-1-1に示すように、詳細な説明中には、光ファイバを収納した管が線条内部でどのような位置に配されるかを明確にした表現はない。そして、撚り合わせの構造からもたらされる作用効果、また、管が配置される位置についての目的、構成に関しての記載もなされていない。単に複合架空線に光ファイバが用いられていること、高所に布設されること等による作用効果のみである。してみると、第1図は管が、単に金属線条の内部にあることを示しているにすぎないものといわざるを得ない。

そして、中心にある管に対して他方の管が隣接するとされる管の配置関係を特定することによって、当初明細書及び図面からは把握できない、管の配置関係を新たな構成要件として、これに基づく作用効果を主張していることに相当する。

したがって、この中心にある管の地方の管が隣接する配置関係に基づく作用効果は、出願当初から意識されていたものではないものとすることが妥当である。

以上のとうりであるから、昭和60年1月22日付け手続補正書による補正は、要旨を変更するものであり、特許法第40条の規定により、本件出願は手続補正書が堤出された昭和60年1月22日に出願されたものとみなす。

Ⅳ-2 出願公告決定謄本送達後の補正について

次に、昭和61年7月17日付け手続補正書について検討する。

被請求人は、本件発明の出願公告決定謄本送達後の補正である特許請求の範囲における「中心もしくは中心付近」の記載の「中心近傍」とすることは、選択的な構成を意味するものを、包含する用語を用いることにより、明瞭でない記載を釈明するものである。

と主張する。

確かに、「中心もしくは中心付近」は、選択的な構成を意味するものであり、これを明瞭化する補正であるなら、明瞭でない記載の釈明といえる。

しかしながら、「中心近傍」なる用語は、被請求人自身が認めるように、「中心付近」と同義に用いられる場合もあるもので、例え“位相数学”において「中心」および「中心付近」を総称するものとして用いられていたとしても、依然として二様の意味を包含する用語を用いることによって、明瞭でない記載が釈明されたとはいえない。

したがって、この補正は特許請求の範囲の明確化を図ったものとはいえない。

したがって、この補正は、特許法第64条第1項第1号、第2号、第3号のいずれにも該当せず、特許法第64条の規定に違反するものであるから、特許法第42条の規定によりこの補正は採用できない。

以上のとおりであるから、当審で対比検討する本件発明の要旨は、昭和60年1月22日付け手続補正書により補正された特許請求の範囲に記載される以下のとおりのものと認める。

「1 複数本の導電性を有する裸金属線条が撚り合せられている架空地線の中心もしくは中心付近に中空管によって区画された空間が形成されており、当該空間内には単数もしくは複数の光ファイバが収容されていることを特徴とする光ファイバ複合架空地線。」

(対比)

Ⅴ.本件出願は手続補正書が提出された昭和60年1月22日に出願されたものであり、その出願前にスイス国々内で頒布された甲第2号証に記載されたものと比較する。

甲第2号証には、Ⅱ-1-2に示したように、その請求の範囲に、

「1.支持鎧装の内部に情報伝送用の導体システムを有する架空ケーブルにおいて、導体システムが少なくとも一つの光導体(1)を有し、支持鎧装(3)が光導体を取り囲む螺旋状に配置された複数の線材を有することを特徴とする架空ケーブル。」

「従属項.光導体(1)が合成樹脂の外筒(2)により取り囲まれていることを特徴とする特許請求の範囲1記載の架空ケーブル。」

「2.支持鎧装の線材を電流の導体として使用して、特許請求の範囲1記載の架空ケーブルを高電圧線路に適用すること。」

と記載されている。

そして、その詳細な説明中には、「この種の自己支持型架空ケーブルは、高電圧架空線路網における架空線路の布設に際し電柱に一緒に懸架される。このような架空ケーブルは主要構成要素として支持鎧装を有しており、その芯体は通信信号の伝送に用いられる対称または同軸のエレメントを有している」、また、「鎧装は通信導線に対する妨害因子を排除するために、良導体として構成しなければならない」と記載されていることから、本件発明における架空地線と同様に架空ケーブルとして使用可能なものであり、また、支持鎧装は、光導体を取り囲む螺旋状に配置された複数の線材からなり、高電圧エネルギーの伝達に用いる際には、通信導線である光導体である光導体の金属鎧装とされるわけであり、導電性を有する金属線材からなる撚線構造を有するものであることが明確である。

また、光ファイバが、電線の技術分野において通信導線として用いられることは周知である。

したがって、この甲第2号証には、

複数本の導電性を有する金属線材(本件発明の裸金属線条に相当する)が撚り合せられている架空ケーブルの中心部に位置する中空管によって区画された空間が形成されており、当該空間内には少なくとも一つの光導体としての光ファイバが収納されている光フアイバ複合架空ケーブル

が記載されている。

そこで、本件発明と、甲第2号証に記載のものを比較すると、両者は、

複数本の導電性を有する金属線材(本件発明の裸金属線条に相当する)が撚り合せられている架空ケーブルの中心部に位置する中空管によって区画された空間が形成されており、当該空間内には少なくとも一つの光導体としての光ファイバが収納されている光ファイバ複合架空ケーブル

である点で一致し、以下の2つの点で相違している。

(相違点1)

本件発明では、架空ケーブルが架空地線として使用されるものであって、これが裸金属線条を撚り合わせた構造であるのに対して、甲第2号証に記載のものでは、架空ケーブルが架空線路として用いられるものであって、これに用いられている金属鎧装が裸金属線条を撚り合わせた構造であるのか定かでない点、

(相違点2)

本件発明では、中空管が架空地線の中心もしくは中心付近に位置する空間を区画するように撚り合わせられるのに対して、甲第2号証に記載のものでは、中空管が架空ケーブルに位置するように撚り合わせられている点。

(当審の判断)

Ⅵ.次ぎに、上記の各相違点について検討する。

Ⅵ-1(相違点1について)

前記Ⅱ-1-4に示したように、甲第4号証に記載される可撓性撚線構造においては、少なくとも一本の光ファイバ、あるいは光ファイバでない補強用の繊維と光ファイバからなる一群をゆるく収容した長尺の区画部材と、金属或いは合金からなる少なくとも一層の螺旋状に撚り合わせられた裸線からなる長尺要素とを可撓性撚線構造が記載されている。

また、前記Ⅱ-1-5に示したように、甲第5号証に記載される多目的型ケーブルにおいては、「中空導体に保護された光伝送用繊維又は光伝送用ケーブルはそのまゝ撚線導体用素線として若しくは第1図、第2図の如く絶縁被覆をほどこして通信ケーブル、電力ケーブル等の心線として自由に撚合わせケーブルとすることが出来、ケーブル化困難の点は光通信ケーブルの問題点であったが、解決された。」と記載されており、中空導体に保護された光ファイバケーブルを、そのまゝ撚線導体用素線として自由に撚合わせケーブルとすることが示唆されている。

したがって、光ファイバを撚線構造中に有する架空線路の構造は、これらをみても、本件出願前に公知である。

一方、本件発明の属する電線の技術分野において、架空線路なる用語は、送電線として用いられる架空ケーブルと、該送電用架空ケーブルの上部に架線して雷の直撃からこれを守り、逆閃絡を防止するために用いられる架空地線の両者を総称する用語として用いられていることは、従来周知である。

そして、前記Ⅱ-1-6に示したように、架空線路において、架空送電線と架空地線とを流用することも、電線の技術分野においては従来行われていることで、架空送電線と架空地線とでは、両者に求められる機能は異なるものの構造的に格別に異なるものではないことは明確である。

本件発明においても、前記Ⅱ-1-1に示したたように、本件出願の当初明細書には「架空送電線または架空線において」なる記載があるように、架空地線のみに用いられるのでなく、架空送電線としても用いられることが意識されていたことからも、これは裏付けられる。

なお、本件発明においては、架空地線が送電線に比較して電流容量の要求が小さいので、細径にできたるみも小さくでき、その結果、風圧の影響が小さく振幅も小さいため、収納される光ファイバの破損が生じにくい、という作用効果を奏するとされるが、同種の架空ケーブルである以上、使用される条件に応じて任意の径のものとする程度のことは、従来から必要に応じて慣用されていることであり、特に架空地線と限定したことにより格別な作用効果を奏するものとはいえない。

そして、前記Ⅱ-1-3に示したように、甲第3号証に記載される伝送併用架空地線においては、光ファイバではないが、架空地線において、中心に導体の伝送線を配置し、その周囲に裸金属線条を撚り合わせた複合ケーブルが記載されており、送電、通信を両者とも含む広い概念である伝送を行う伝送線を、裸金属線条からなる撚線構造の架空地線内に収納することが公知である。

したがって、甲第2号証において架空線路として用いられるものとされる点は、まさに架空地線としての用途を妨げているものではなく、むしろ当然に含まれているものと介することが妥当であり、相違点1は実質的な相違をなすものとはいえない。

また、架空地線であれば、裸金属線条を撚り合わせた構造は、当然の付加的事項に過ぎない。

Ⅵ-2(相違点2について)

架空線路の技術分野における撚線構造は、中央部に位置する線材は捩じられず、それを中心として外側の線材が撚り合わせられる(螺旋状に巻き付けられる)ものを指していることは周知である。例を掲げるとすれば、特公昭45-11931号公報等にみられる。

したがって、相達点2における実質的な相違は、本件発明においては「中心もしくは中心付近」とされることにより、中心を含まない箇所において撚り合わせられる管体の存在が含まれているが、甲第2号証に記載されるものでは、これがひとまず含まれないことに相当する。

ところが、前記Ⅱ-1-5に示したように甲第5号証には、その詳細な説明において、この多目的ケーブルの有する作用効果として、「中空導体に保護された光伝送用繊維又は光伝送用ケーブルはそのまゝ撚線導体用素線として若しくは第1図、第2図の如く絶縁被覆をほどこして通信ケーブル、電力ケーブル等の心線として自由に撚合わせケーブルとすることが出来、ケーブル化困難の点は光通信ケーブルの問題点であったが、解決された。」と記載されており、これによれば、中空導体に保護された光伝送用繊維又は光伝送用ケーブルをそのまゝ撚線導体用素線として使用されることが記載されている。

そして、甲第2号証に記載される光ファイバ複合架空ケーブルでは、光ファイバを収納する管体を、鎧装で形成される内部空間に位置させることで、外部からの通信導線への妨害を避ける作用効果を得ることが意図されている。

また、中心に位置させることで得られる作用効果は程度の差があるとしても、中心を含まない中心付近の位置においても中心とほぼ同等の作用効果が期待されることは、当業者であれば容易に想到し得ることである。

したがって、ファイバが収納されている中空管をケーブル中心に有する光ファイバ複合架空ケーブルが、甲第2号証により公知であり、また、光ファイバを収納する管体を撚線導体用素線として撚り合わせて用いることが甲第5号証により示唆されている以上、架空ケーブルの中心もしくは中心付近の位置に光ファイバを収納する管体を位置させることは、当業者が必要に応じて容易になし得ることである。

以上のとおりであるから、本件発明は、甲第2号証に記載された架空線路として用いられる光ファイバを収納する中空管体を、甲第5号証に記載される光ファイバを収納する管体を撚線導体用素線として用いて、周知の撚線構造を構成することによって得られたものを、架空線路の一種である架空地線として用いたにすぎない。

そして、これにより、甲第2号証に記載されるものの有する光ファイバを用いたことによる作用効果と、甲第5号証に記載される光ファイバを収納する管体が撚線導体用素線として用いられること、およびこれに周知の撚線構造を構成することにより当然に得られる作用効果とを組み合わせたもの以上の作用効果を奏するものでもない。

(むすび)

Ⅶ.したがって、本件発明は、本件出願前に国内、スイス国および英国々内で頒布された引用例1ないし引用例6に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるから、本件特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものであり、同法第123条第1項第1号の規定により、その特許登録を無効にすべきものとする。

よって、結論のとおり審決する。

平成3年4月18日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

平成1年審判第14644号

審決

大阪府大阪市中央区北浜四丁目5番33号

請求人 住友電気工業株式会社

神奈川県小田原市東町1丁目20番34号

代理人弁理士 石井康夫

東京都千代田区丸の内2丁目1番2号

被請求人 日立電線株式会社

東京都港区西新橋1丁目6番13号 柏屋ビル 武特許事務所

代理人弁理士 武顕次郎

上記当事者間の特許第1395875号発明「光フアイバ複合架空地線」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。

結論

特許第1395875号発明の特許を無効とする。

審判費用は、被請求人の負担とする。

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